【 ブログの最近の記事 】
■ さらば、フォレスター
本日、約8年近く乗っていた愛車、スバルのフォレスターを売却しました。いざ、引き取られていく光景を見て思い浮かぶのは音楽の授業で習った「ドナドナ」。寂しいものですね・・・
この車、初年度登録が平成11年なので本年度の自動車税は割増課税されることや、車検がこの2月で切れることもあり、手放すことにしましたが、今どき珍しいマニュアル車でした。燃費は悪かったですが、雪道に強く、安心して運転できました。
当面は軽自動車(ミライース)が愛車ですが、またマニュアル車が欲しいな・・・
■ 謹賀新年
今年もよろしくお願いいたします。
経営を取り巻く環境は混迷の度を極めていますが、昨年末から今年にかけてお客様の会議等に参加をするなかで、「将来を踏まえて”今”何をすべきか」という将来への危機感が欠乏している傾向が強いと感じています。
経営者の中には、「サラリーマンは毎月決まった日に給料をもらうことができ、それも基本的には遅配されない。意思決定も人頼り。業務に関してもよほどのことが無い限り破産するような最終責任は負わなくてよい立場だ。さらに労働法規によって立場を保護されている。その立場にずっと甘んじていると根性が腐ってくる。これをサラリーマン根性と言うんだ。我社にはそういう意識の社員が多くて困っている」と社員を嘆く方もいます。確かにその通りと思うところはありますが、これは従業員の意識だけの問題でなく、経営者と双方の問題であると思います。
そのためには経営者も従業員と一緒になって、我社と我社を取り巻く環境が将来どうなっていくのか、そのために我々はどうあるべきか、真剣に議論する必要があります。その議論を通して、いわば”将来危機シミュレーション”を行い、各人に課せられた使命や課題を明確にすることが必要だと思います。
例えば、今頼っている上司が退職し、その後任になったらどうなるか?と将来危機を仮定をしたときに、自分に足りない知識や経験、ネットワークや人脈等々が具体的に浮かび上がると思います。それに優先順位をつけて日々取り組むことで徐々にレベルアップしていきます。
私も勤務時代、「もしこの会計事務所の税理士部門の責任者をやれと言われたら…」 というシミュレーションをしました。責任者となれば様々な事例を体験をし、ノウハウを蓄積しなければ責任を全うできません。税理士は無限責任ですから、大きなリスクを背負うことになります。そのために必要な事例を自ら求め、体験させていただきました。結果として今は開業税理士をしていますが、その体験が無ければ開業には至らなかったでしょう。今になって思えば、「もし何年後に開業税理士になるならば…」とシミュレーションしていたら開業にかんするノウハウも求めて取り組んでいたと思います(欲張りすぎ!?)
経営者は勿論のこと、従業員という立場も今後は極めて厳しい環境になると思います。日頃から向上心をもって取り組まないと将来はありません。我々の世代は70歳にならなければ年金をもらえない世代です。しかも生活に必要な費用をカバーできるような潤沢な年金額ではないでしょう。そうなれば今のうちから自分を向上させ、何歳になっても社会に不可欠な存在になることがとても重要であると感じるのです。
以上、新年にあたって思っている事柄でした。
■ 年末のごあいさつ
早いもので、もう1年が終わってしまいます。よくある正月の漫談ネタのなかに「早いもので今年も残り364日となりました!」というのがありますが、まんざら笑っていられないくらい時間が経つのが早いです
開業して丸3年を迎え、現在4年目に入っていますが、今年も色々ありました。弱小事務所ですが、少しずつ社会との接点も大きくさせて頂いたと感じています。今後ますます厳しくなる中小零細企業のお役に立てるよう、努力を続けていく所存です。
最後にご報告。 本年12月3日、結婚いたしました。
皆さま、来年もどうぞよろしくお願いたします。
■ サラリーマン根性
先日のオリンパス事件。第三者委員会の報告に「経営の中心部分が腐っており、その周辺部分も汚染され、サラリーマン根性の集大成ともいうべき状態だった」との事故原因分析がありました。
サラリーマン根性・・・
よく耳にする言葉ですが、サラリーマン自体がいけない訳では当然なく、上司や会社に頼り、会社での自分の立場を守ることに大きなエネルギーを費やし、責任を取らない生き方というのが一般的な解釈でしょうか。
企業の経営を間近で見せて頂いている者として、サラリーマン根性の蔓延る企業というのは経営者と従業員のレベルに大きな格差が出ています。人頼りの部下ばかりを抱えた社長は、他に頼るものもなく、自ら組織を守るために貪欲に情報を収集し、深くものを考え決断を下していきます。この決断が会社の浮沈に影響するのですから、まさに真剣勝負の判断です。この判断を繰り返していくうちに、社長の能力的人間的能力や価値判断基準が飛躍的に向上していきます。
一方、その判断を待つ、いわゆる指示待ち状態の部下は何か問題があっても「社長が判断したのだから私には責任はない」という担保を抱えて日々の業務にあたり、自分で努力精進せず、リスクを負わなくなるので、ある程度の成長はしてもその後は全く成長しなくなります。その結果、社内では社長と指示待ち部下の大きな能力差が生まれます。
そんな状態で突然社長がいなくなったら・・・
残された指示待ちの社員は何をどう判断したら良いのか全くわからず、会社は空中分解。同業他社に転職しようと思っても能力を高める努力をしてこなかった(=指示待ちであった)がため何も判断することができず、転職しようと考えていた先で転職を断られ、その後定職にありつけず生活が転落する・・・ということは実際にありうることです。
サラリーマンは戦後の高度成長期にはそれこそ寝る間も惜しんで猛烈に働き、日本の発展に寄与してきました。しかし、それは戦後復興の右肩上がりの時代の話。自分の能力を高めなくても時代が後押ししてくれたある意味良い時代でした。しかし今はグローバルな国際競争の激しい社会。自らリスクをとり、必死に努力しなければ埋没してしまう時代です。
サラリーマンの立場であっても常に独立開業志向を持ち、情報に耳を傾け、顧客ニーズを掴かみ、自分がこの会社の社長だったら という思いで自身の判断基準を高め、社長との能力差を広げない取り組みをしないとこれからのサラリーマンは生き残れないのではないかと思っています。
■ "声は良いよね"
タイトルの言葉、よく私がお客様に言われる言葉です。お褒めの言葉なのですが、気になる「声は」の”は”の部分…
そんなときは「声”も”でしょう!」とか、「他は良くないってことですかっ!」とツッコミを入れて自分も楽しんでいますが、最近は逆ツッコミで「そうそう、テレビじゃなくてラジオのアナウンサーならOKだね」と傷口に塩を塗られるケースも…
声以外も褒められたい・・・
■ ラーメン激戦区
長野のラーメン…
一昔前までは美味しいと感じる店はほとんどありませんでしたが、最近長野のラーメン店のレベルが格段に上がっていると思いませんか?
東京に住んでいた頃は、長野に帰省してラーメンを食べても「東京じゃ勝負にならないな」と感じる店ばかりでしたが、最近では十分渡り合える店がたくさんあると思います。
やはり、単純明快ですが、長野のラーメン業界にも競争原理が働きはじめたのでしょう。どんな商売も自由競争を通して自らの技術や価値観を磨き、成長しなくては成功しないですね。中には努力せずに言い訳や責任転嫁ばかりしている店もありますが、このような厳しい競争社会では淘汰されてしまうのでしょう。
■ 海外から学ぶべきことの多さ~その2~
前回に引き続き、海外で感じたことについてです。
日本では外国人観光者を誘致すべく、様々な活動をしていると聞きますが、海外の共交通機関を利用してみるといかに日本の公共交通機関が外国人に厳しいかを痛感します。
台北市内を走っているMRT(電車)では、ホーム各所にテレビモニターが設置され、何処行きの電車があと何分後に入線するかがカウントダウン式に表示されており、外国人が見ても容易に非常にわかりやすいです。乗車中も電車が今どの駅とどの駅の間を走っているか、その次の駅がどこかが電光表示されていますから、ガイドブックの路線図と照らし合わせながら見ていれば降りる駅を間違えることはほとんどないでしょう。例えば三才から北長野間を走っていればこんなかんじです。
三才⇒(電車のアイコンが点滅)⇒北長野⇒長野
日本では「次の停車駅は…」のアナウンスはあってもその次の駅のアナウンスが無い場合が多く電光表示されていないので、比較すれば明らかに不便だと感じました。
また、韓国の地下鉄にしても台湾のMRTにしても1組織なので普通に乗換できますが、都内ではメトロと都営があり、混乱する外国人は多いでしょう。先頭車両の行き先を示す表示も「東京」とある表示の下部に小さく「For Tokyo」となっているものがあり、字が小さくて読めません。他国では「東京」と「TOKYO」が入れ替わり表示されているケースが多いです。
最後に、電子マネーを利用すれば割引となっている国が多いのですが、日本では紙キップと同じ料金というのも大きな違いのようです。
先進国日本。技術立国と言われる日本ですが、海外に行ってみると遅れている部分は相当あるとおもいます。驕ることなく、学んでいく姿勢はとても大切ですね。
■ 海外から学ぶべきことの多さ~その1~
久しぶりの更新となってしまいました・・・
9月は業界的にも自分自身にとってみても一番時間的に余裕のある月(資金的には余裕ありません)でありまして、近隣国へ久しぶりに旅行に行ってきました。
その中で、海外から日本を見つめなおしたときに、特に精神面で学ぶべきことがいかに多いか実感しました。
一番それを感じたのは、ソウルの戦争記念館に行った時です。とてつもなく広い敷地に資料館があり、屋外には戦闘機や戦車など武器が展示されていましたが、中でも至る所に弾痕の残る軍艦が一際目につきました。はじめは軽い気持ちで記念撮影をしたりして見学していたのですが、その艦がどうして展示されているのか、その経緯を映像化したCGを見せてもらったときに愕然としました。
その艦は、北朝鮮の軍艦が軍事境界線を越えて韓国領海に侵入した際応戦して傷ついた艦であり、その戦闘時に22、3歳の青年が6人も命を失ったその実物の艦だったのです。そうとも知らず、私は艦橋で笑顔で記念写真を撮ったりしていました。あまりに緊張感のない自分の行動を恥じたのと同時に、現地では命を懸けて国を守った青年のことを親が子供に伝えている光景を数々見せてもらい、日本ではありえないことだと感じました。事の是非は色々あるのでしょうが、現代の日本人はあまりにも緊張感がなく、経済面でも韓国や台湾に押されている理由がわかる気がしました。
ソウル駅では、迷彩服を着た青年とその彼女と思しきカップルがデートしている光景をよく目にしましたが、彼らは兵役中であって、有事になれば命がけで戦わねばなりません。その緊張感が精神面を鍛え上げているのでしょう。それがあたりまえの国と安全で命を失う心配がない国で悠悠自適に生活しているのとでは将来雲泥の差が出るのは当然です。
日本人観光客もたくさん訪韓していましたが、その日本での生活の延長線上で楽しんでいるだけのようでした。もちろん、自分自身もその緊張感のない一人であることに違いはありませんのでまず自戒すべきことだと思っております。
現地の人は日本人と現地人と容易に見分けることができるとのことでしたが、着ているものや身につけているもの以外に、身からにじみ出る緊張感の無さが見分けるポイントになっているのではないかとも感じてしまいました。
最近の論争では「子供世代に借金を背負わせない」などと国の借金の多さやその対応のための増税論議がなされていますが、これからますます厳しくなる世界レベルでの競争を子供世代が勝ち抜くための「精神論」については全く議論がされていません。このままでは精神的に国が崩壊する危惧をどうして政治が取り上げないのか。真剣に考えなければならないのではないでしょうか?
■ 3周年
おかげさまをもちまして、本日で事務所開業丸3年となりました。
たくさんの方々に支えられ3年間やらせていただきました。
今後ともお世話になっている皆さまに貢献できるよう、一生懸命頑張ってまいります。
※前回のブログの答え
願望+時限設定(いつまでに)+行動計画(どうやって)=目標 となります。
■ 目標=願望+〇〇+〇〇
目標と願望は違います。
願望は簡単にいえば「こうなりたいな」的なものであって、神社等へお参りに行った際に「売上が上がりますように」とか「給料が増えますように」という、いわば「願かけ」的レベルのものです。神頼み+小銭程度のお賽銭だけでそれが叶ったらどんなに楽かと思いますが、当然ながら世の中そんなに甘くはありません。
で、願望に何を加えたら願望が願望で終わらないのか?
…
この答えは次回にしましょう。先に知りたい方は新将命さんの書籍「経営の教科書」をご覧ください。







